1899年に創立されたスペイン・カタルーニャ州バルセロナに本拠地を置くサッカークラブ。クラブの愛称は「バルサ(カタルーニャ語: Barça)」、そしてクラブカラーから「ブラウ・グラナ(カタルーニャ語: Blau Grana、青と臙脂)」と呼ばれています。
  • シーズン(1899年)
  • 1stモデル
  • 特徴:青と臙脂のバイカラーでYシャツタイプ(襟付き)
  • 全身:青と臙脂のシャツに白パンツと黒ソックス
  • 提供:インハウス
  • 広告:無し

 「クラブ以上の存在(カタルーニャ語: MÉS QUE UN CLUB)」はクラブのスローガンであり、ユニフォームの後襟などにこの言葉がプリントされているほかカンプ・ノウの客席にも椅子の色を変えて示されています。これは1919年のカタールニャ自治憲章制定運動で登場したのがはじめであり、「カタルーニャ民族主義の精神の現れ」「FCバルセロナはカタルーニャ民族主義の象徴である」と言われます。


 バルサのユニフォームと言えば、「ブラウ・グラナ(カタルーニャ語: Blau Grana、青と臙脂)」。しかし、スペインでも独立意識の高いカタルーニャで、"カタルーニャ民族主義の象徴"とまで言われるクラブには不釣り合いな、本拠地バルセロナの街とは縁も所縁もない色です。

 一般的にクラブカラーは通常、クラブが本拠地に置く街の紋章の色や、その街に関連する色が採用さる場合がほとんどですが、バルサの場合は少し事情が異なります。カタルーニャ州の旗は「サニェーラ」と呼ばれる「黄色と赤」ですが、クラブカラーとなることはありませんでした。
 1899年、スイス人実業家のジョアン・ガンペールJoan Gamper,1877年11月22日 - 1930年7月30日)の呼びかけによって創設されました。1899年10月22日にガルペールがロス・デポルテス紙に呼びかけた事からFCバルセロナは誕生します。ちなみに"ジョアン・ガンペール"という名前は、本名のハンス・ガンパーHans Gamper)をカタルーニャ風に改名した事から由来します。
 ガンペールは自身がかつて所属していた故郷スイスのFCバーゼルをモチーフにクラブ作りを進めたと言われています。創設時ユニフォームもFCバーゼルのカラーである"青と臙脂"が採用されたと言われています。

 その他にも、カンペールの生まれ故郷であるスイスのティチーノ州の紋章が青と臙脂だった、や創設時、初回の会合を開いた時に、一人の事務員が使用していた鉛筆の色が青と臙脂だった、やイギリスのマージーサイドにヒントを得た(リバプールとエバートンか)などの説もありますが、『FCバーゼルのカラーである"青と臙脂"が採用された』が最も有力説を言われています。
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